注册 登录  
 加关注
   显示下一条  |  关闭
温馨提示!由于新浪微博认证机制调整,您的新浪微博帐号绑定已过期,请重新绑定!立即重新绑定新浪微博》  |  关闭

飘零公子中日语言文化研究塾

虔誠地盼待著您每次的到來……

 
 
 

日志

 
 

【原】日中銘茶の誕生と伝来  

2010-02-16 19:57:28|  分类: 论文 |  标签: |举报 |字号 订阅

  下载LOFTER 我的照片书  |

 

№ 0000000 / 0000  秋学期 / 修士論文テーマと概略

 

                                                              日中銘茶の誕生と伝来

                                                       ――「玉露」や「大紅袍」など

                                                                           0  00 

 

序論

銘茶は「特別の名前をつけた良質の茶」と、『広辞苑』にある。

数千年の塵史がある中国茶は、広大な自然の大地から生み出され、1,000種類もあるといわれており、お茶の中には多くの有名な茶がつくられている。銘茶には現在存在しなくなったお茶もたくさんあり、名前だけは残っているのだが、作られてはいないものもある。そして、まだ作り手は生きているが、いずれ歴史的銘茶となってしまうようなお茶もある。

日本茶の中で、最も上等なお茶は「玉露」である。また、中国茶の中で最も上等なお茶は「大紅袍」と言われている。「大紅袍」は、1999年中国香港で開催されたオークションにおいて、20グラム250万円で落札された。

お茶の樹の起源は、中国雲南省、貴州省、四川省の三省に、またがる山間部ではないかと言われている。また、伝説によると、神農(伝説の農業の神様)がお湯を飲もうと木陰(こかげ)で休んでいたところ、茶の葉が舞い落ち、偶然お湯の中に入ったが、その湯が芳香と味わいに()ちていて、それからお茶が飲まれるようになったといわれている。

前漢(紀元前一世紀)になってお茶はやっと飲みものとして珍重されるようになり喫茶の風習が広まった。有名な『三国志』にもお茶が登場している。

唐代(7~10世紀)に入りお茶は南方から中国全土へと広がっていった。当時のお茶は、茶葉を押し固めた「餅茶」と呼ばれる固形茶で、この他、甘草、ねぎ、生姜などを(くわ)えた雑茶がー般に飲まれていたが、茶書『茶経』を(あらわ)した陸羽は雑茶を低級な飲み方だと(しる)している。

宋代(10~13世紀)になると権茶法という専売制度がつくられ、お茶が社会的にも大きな影響をもたらした。製法も改良され抹茶風の「研膏茶」、「研末茶」へ進展した。しかし、それらのお茶は高級品であり、特権階級で飲まれるだけで、―般大衆は依然として雑茶を飲んでいた。

明代(14~17世紀)になると固形茶から葉茶へと変わっていった。これは明の太祖朱元璋が、固形茶の製造が多大の労力を必要とし、しかも難しいため生産を禁止したからである。一般庶民では相変わらず、雑茶が飲まれていた。雑茶は、やはり低級だと評価されたので、代わりにジャスミンなどの花の香りをつけた「花茶」が登場した。

清代(17~20世紀)に入るとお茶はいっそう生活に()かせないものとなった。この頃は味よりも香りが評価されたので花茶に人気が集まった。烏龍茶の起源と言われている「武夷茶」が注目されはじめたのもこの頃である。

その後、お茶は世界へと進出し始めた。アメリカ独立戦争の引き金となったボストン茶会事件、イギリスが起こしたアヘン戦争など、お茶は歴史の変動と大きく(かか)わりながら、全世界に広まっていった。

中国茶は国内の広域で生産され多種多様であり、その色や作り方などから、大きく六つに分けることできる。所謂(いわゆる)「六大茶」に分類さており、①緑茶、②黄茶、③黒茶、④白茶、⑤青茶、⑥紅茶、がそれである。生産地は、西南?華南?江南?江北地区の四つに分けられる。台湾も第二の中国茶の産地といわれており、銘茶の産地として有名である。また、各地区の代表的な銘茶をいくつか上げると、龍井、碧螺春、白毫銀針、武夷岩茶、鉄観音、烏龍茶、祁門紅茶及び雲南普洱茶は「八大名茶」といわれている。

日本茶もまた、その産地はほぼ全国に広がっている。清水(しみず)狭山(さやま)宇治(うじ)八女(やめ)などが、特に有名な銘茶の産地である。

銘茶は、古くは700年代の終わりから、800年代の初めにかけて陸羽によってまとめられた、『茶経』の中に初めて登場したが、その数はごくわずかだった。その後、様々なお茶が誕生し、歴史の中で淘汰され、銘茶として評価されていった。

現代では、銘茶が割と簡単つくられ、どんどん増え続けているが、しかし、本当の銘茶は、それぞれの産地の風土や食文化の中で厳格に評価されるものだろう。

では、誰が銘茶を決めているのか。

古くは、皇帝献上のお茶――「進貢茶」という評価基準が決まっていた。また、歴史的に、大衆に支持されてきたことも基準となろう。近代にはいって、海外の万国博での優賞という評価も納得できる要素も一つである。

中国茶と日本茶には、様々な銘茶がある。お茶は非常に地域性が強く、その味、香りがその土地と必然的に結びついているからだろう。

本論では、銘茶の種類と産地、それぞれ誕生の由来を比較研究したいと思っている。

 

研究課題として:

●     日本と中国における「銘茶」の品種と分類

●     「銘茶」おける「原産」と「由来」

●     「銘茶」として評定の基準

●     古代茶文化や品茶芸術などについて「復活」と「継承」

 

第一編

第一章           古代から中国お茶の誕生と

第二章           「銘茶」と「雑茶」わけ

第三章           日本の歴史になか「銘茶」の実像

第四章           日中茶文化における共通と相異

 

第二編

(略)

 

主な参考文献と著作:

(略)

  评论这张
 
阅读(561)| 评论(0)
推荐 转载

历史上的今天

在LOFTER的更多文章

评论

<#--最新日志,群博日志--> <#--推荐日志--> <#--引用记录--> <#--博主推荐--> <#--随机阅读--> <#--首页推荐--> <#--历史上的今天--> <#--被推荐日志--> <#--上一篇,下一篇--> <#-- 热度 --> <#-- 网易新闻广告 --> <#--右边模块结构--> <#--评论模块结构--> <#--引用模块结构--> <#--博主发起的投票-->
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

页脚

网易公司版权所有 ©1997-2017