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【原】洪秀全と広東近代思想  

2010-02-16 21:23:06|  分类: 论文 |  标签: |举报 |字号 订阅

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修士論文中間レポート要旨内容

                                                               洪秀全と広東近代思想

                                                                           0  00

序 論

中国近代史の幕開けとなった広東は、中原と比べやや短い歴史文化を持ちます。広東人は、伝統の束縛も少なく、外来文化を受け入れやすい、「南蛮不蛮」の気性に富んでいます。また、豊かな珠江デルタ地域において、広東人は内陸部より一足先に東洋、西洋諸国の新たな思想?文化の影響を受け、中国で最も早く近代に入りました。さらに、広東は洪秀全、康有為、孫文など、中国の近代に大きな役割を果した人物を数々輩出しました。

一.       研究目的

広東が真に中国政治の表舞台へ登場するのは、19世紀半ばのアヘン戦争からであります。これより、約百年後の中国近代史では、広東出身の歴史的人物が数多く挙げられます。この広東近代思想の中国近代思想における相互影響に研究の視点を据え、広東の特殊性と広東の思想家との連関を究明したいと考えます。

二.       研究対象

 広東近代思想家は、広東独特の風土?気質などの影響を受けたと考えられます。広東近代史で特に後世の思想家に大きな影響を与えた洪秀全と「太平天国」を手掛かりに、その影響を究明するという方法をとりたいと考えております。

三. 研究史略史

中国において、「太平天国」は中華民国以降から研究が進められ、大規模かつ本格的な研究は中華人民共和国成立後に始まりました。

日本の中国近現代史研究は、戦後当初から始まり、1960年代と、1970年代後半から現在に到るまでの、概ね三つの時期に分かれると考えます。

第一章 洪秀全と広東

第一節 地理的に見る広東

 広東省の省都は広州であります。中国嶺南山脈の南?南中国海の沿岸、近隣は香港?マカオ?東南アジアに向き、海岸線は4310キロ近くに達します。これにより、明らかに広東は通商において地理的に優勢であります。

第二節 洪秀全と「太平天国」運動

 1851年、広東出身の洪秀全らの指導により「太平天国」という農民運動が生起しました。政権樹立後、十数年間に、「太平天国」が公布、実施したすべての政策は、以後、同じ広東出身の康有為や孫文、また毛沢東やマルクスなどにも、その思想体系の形成に深い影響を与え、一方、中国社会の伝統的生産基盤と文明文化の破壊に、善くも悪しくも一定の作用を及ぼしたと考えられます。

第二章 広東近代思想の形成

第一節 洪秀全と広東近代思想

 洪秀全は、1814年広州郊外に生まれ、1843年までの計四回、広州で科挙に参加しましたが、全て「落第」に終わりました。これが青年洪秀全に清朝への憤怒や不信感を生み、叛逆への重大な転換契機となりました。

 また、広東近代思想の精髓は、商業主義、東洋西洋の兼用、チャンスを掴む、臨機応変などが挙げられます。

第二節     「欧米留学系」?「日本留学系」の代表人物と広東近代思想

広東近代思想における「欧米留学系」の代表人物は容閎など、「日本留学系」は、張之洞らを挙げることができます。彼らは強い使命感を持ち、広東と中国の近代思想発展に大きな役割を果たしました。

第三章 広東近代思想と中国近代思想の関係

第一節     中国近代思想に関わる代表人物の役割

 洪秀全に関わった人物には、後に中国の近代思想形成に大きな影響を与えた者が少なくありません。代表として曾国藩、康有為、孫文、毛沢東などが挙げられます。

第二節 中国近代思想における広東近代思想の位置付け

近代約百年の間に、無数の人々や多くの思想家が次々と命をかけ、国内と国外、東洋と西洋、そして古代と現在のなかに、「富国強民」や「民主」、「共和」の道の在り処を求め、様々な模索を重ねて来ました。彼らの多くは広東出身であります。即ち、広東近代思想なくして、中国近代思想という劇は上演できなかったでしょう。これが広東近代思想の位置付けと考えます。

結 論

1.広東と洪秀全

アヘン戦争前後の広東は、反清秘密結社が暗躍し、広州はアヘンの禁輸禁売?密輸密売で、表と裏が激しく闘う場所でもありました。

民衆の苦しみと腐敗した社会を目の当たりにして、不満、疑惑、彷徨、絶望が青年洪秀全の精神に大きな打撃を与え、後に、広州のキリスト教伝教本を読んで目覚め、清朝打倒?上帝崇拝?悪事禁止の「拝上帝教」を創立しました。

2.洪秀全と広東近代思想

洪秀全の基本思想は、中国古来の儒教思想「大同の理想」とキリスト教の「神の下の平等」という理念が結びついたものと思われます。

同じく、広東近代思想家も、古来中華伝統思想に外来文化を注入混合し、新たな思想の芽を成育しました。これが、「広東近代思想」の典型と考えます。

3.広東思想の全中国への影響

 隋唐時代「海のシルク?ロード」から始まり、禁アヘン運動、「太平天国」、洋務運動、更に「辛亥革命」を経て中華民国の「北伐」、新中国成立後には「広州交易会」、その後、経済特区、外資企業、サービス業、今日では、リゾートマンションの開発?管理、新生活様式など過去から現在に到るまで、さまざまな広東文化と広東思想は、中国全土へ大きな影響を及ぼしていると考えられます。

 

主要参考文献:

 

史仲文『中国近代名人思想録』/ 不屈者言/建業者言 / 中国物資出版社 / 1997年11月第1版

小島晋治『洪秀全と太平天国』/ 岩波書店 / 2001年7月第1刷

中野好夫ら編集『世界ノンフィクション全集』/ 太平天国 / 筑摩書房 / 昭和35年9月初版

鋤柄治郎訳『林語堂 / 中国=文化と思想』 / 講談社 / 2002年2月第2刷

香港中国近代史学会編著『中国近代史研究新趨勢』 / 香港教育図書公司 / 1994年初版

王付昌 / 郭文亮主編『中国近現代發展史論』 / 中山大学出版社 / 1997年3月第1回印刷

池田誠ら編著『図説中国近現代史?新版』 / 法律文化社 / 1998年3月第5刷

何沁ら編著『中国革命史』 / 武漢大学出版社 / 1995年7月第20回印刷

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